上杉鷹山、板谷峠の風景
2011-04-06
片づけものをしていたら、昔読んだ上杉鷹山の本がでてきて、また読んでしまいました。
米沢は母の母(祖母)の実家があるところで、檜原湖から米沢に入る路線の、白布高湯と市内の中間にありました。昔は大きな家だったらしく、門の所に登城用の籠が吊るしてあり、母はここに預けられて幼い頃を過ごす。私は小学校の6年間は山形市内で暮らし、年に1度でしたが母親に連れられ東京の実家に戻るとき、板谷峠を越えるのが楽しみでした。
急坂ゆえ蒸気機関車は3両も繋がれ、駅に止まる毎に方向が変わり、アレ戻ってしまうのかなー?と不思議に思いました。トンネルに入ると真っ黒な煙が車内にも入ってきて、シャツの襟は真っ黒になってしまう。だからこの板谷峠を越えてから着替えている人もいました。
この本では、その板谷峠の風景が初めの方と後に記されています。
「棒杭」に吊るされたザルの中には、にぎりめし、わらじ、栗、ほし柿、野菜、火打石、合羽など、生活や旅の必需品が入っており、売れたらしく金も入っている。
「誰も盗まないのか?」「盗みません」 鷹山と文四郎の会話です。
「日本人の美しい心」は昔も今も変わっていません。鷹山公の教えは「質素な生活」や「敬師」だけではなく、他人へのいたわりややさしさです。
鷹山公が没したのは、1822年の3月12日。
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